116号、3月6日発行

 仏法は聴聞にきわまる(116号より)

 『蓮如上人御一代記聞書』末(一九三条)の中に、

  一、「至りてかたきは石なり、至りてやはらかなるは水なり、
  水よく石を穿つ、心源もし徹しなば菩提の覚道なにごとか成ぜざらん」
  といへる古き詞あり。
  
  いかに不信なりとも聴聞を心に入れまうさば、
  御慈悲にて候ふあひだ、信をうべきなり。
  
  ただ仏法は聴聞にきはまることなりと云云。

というお言葉があります。

 お寺にお参りくださる方の中で、「なんべん聞いても、すぐに忘れて、どんないい話も覚えられません」というお方があります。一方で、お話を忘れないようにと、必死に耳を傾けられている方や、お話をメモされている方もあります。

 お話を覚えることは悪くはありませんが、浄土真宗のみ教えは「立派になって助かっていく教え」ではありませんから、一所懸命になって聞く必要も、覚えておく必要もないのです。むしろ、聞いたことを自分の手柄にして、阿弥陀さまのお慈悲をおろそかにしてしまう方が心配です。

 さて、『聞書』の「至りてかたきは石なり(極めて堅いのは石である)」とは、私の心の頑なさをたとえられています。「至りてやはらかなるは水なり(極めて柔らかいのは水である)」とは、阿弥陀さまのお慈悲の心の柔らかさをたとえられています。

「水よく石を穿つ」とは、雨のしずくが滴り落ち続けることで、極めてかたい石にも穴があくように、阿弥陀さまのお慈悲が、私の頑な心に穴をあけ、染みこんでくるということをたとえられています。 「心源もし徹しなば菩提の覚道なにごとか成ぜざらん」とは、阿弥陀さまのお慈悲が、私の心を貫き徹すならば、悟りを得られないはずはない、ということをたとえられた言葉です。

 欲の心、怒りの心、妬みの心に振り回されがちな私には、その心を断ち切って悟りを得ることは、到底かなわないことでしょう。そのような私を目当てとし、どうすれば悟りの仏にすることができるかと、気の遠くなるような長い時間をかけて考え抜かれ、その方法をただ「お念仏ひとつ」と仕上げてくださったのが、阿弥陀さまというお方でした。

 お聴聞とは、阿弥陀さまのお慈悲に包まれてあることを、ただほれぼれと聞かせていただくばかりなのです。「仏法は聴聞にきわまる」とは、ただ阿弥陀さまのお慈悲に身を浸すことでした。


 よろこびまもりたまふなり(115号)

 新年を迎えるにあたり、今年も元旦会でお勤めする「現世利益和讃」から、表紙の一首を味わいます。
 
 「南無阿弥陀仏」というお念仏は、阿弥陀如来さまが「必ずたすけるぞ、我にまかせよ」と、私に救いを告げてくださるよび声です。 そればかりか、あらゆる世界の数かぎりな仏さま方が、何重にも取り囲んで、「ようこそお念仏をしてくれたましたね」と喜び、お念仏する心が揺らぐことのように、お守りしてくださるというのです。

 仏教では、私たち人間のことを「凡夫」、すなわち「おそれの去らないもの」といわれるように、ちょっとしたことで動揺して自分を見失い、他人に八つ当たりしたり、逆に自分の殻に閉じこもってしまいやすいのです。

 そのような私こそが、阿弥陀如来さまの心配の種でした。だからこそ、「私はここにいるよ、けっしてひとりぼっちにはさせない」と、お念仏の声となって私を呼び続けてくださるのです。それに加えて、十方の仏さま方にも、お念仏する人を喜び、守ってくださるように願われたのでした。

 そのことは『阿弥陀経』の後半のところにも説かれています。数え切れないほどの仏さまが、念仏する人をほめ、お守りくださることが説かれた後、

  舎利弗よ、もし良き人たちが、このように仏さま方が説かれた阿弥陀仏の名と、
  この経の名を聞くならば、これらの人々はみな、すべての仏さま方に守られて、
  この上ないさとりに向かって退くことのない位に至ることができる。
  だから舎利弗よ、そなたたちはみな私の説くことと、仏さま方の説かれることを
  深く心にとどめるがよい。

と説かれています。その仰せのとおり、お念仏申す人生を送りたいものです。


 夜が明けるよ(114号より)

 今年の八月二十四日に、住職でもありシンガーソングライターでもある、やなせななさんの新しいアルバム『夜が明けるよ』が発売されました。平成二十六年に浄光寺で勤められた「親鸞聖人七五〇回大遠忌法要」の記念コンサートにお招きをしましたので、素敵な歌声を覚えておられる方も多いことと思います。

 このアルバムのテーマは、〈いのちと暮らし〉。朝日が昇り、光が射して、夜の闇が破られ、人やものが照らされていく。そこに営まれる、さまざまな世代の人々の暮らしぶりが、愛おしむように、素敵な歌で描かれています。

  遠くから ひかりが射す
  朝を待つ 木々の葉にも
  打ち寄せる 波の上にも
  あなたの暮らす街角にも
  
  遠くから ひかりが射す
  かなしみを 胸に抱えて
  泣き疲れ 眠るあなたの
  きのうの傷口にも

  呼びかけるように
  寄り添うように
  おはよう おはよう

 誰もが、ただ一度きりの、かけがえのない人生を、ひたむきに生きています。そこには、誰にも代わってもらえない、大きな荷物を背負うこともあり、苦しみや悲しみをわかってもらえず苛立つこと、大切な人との別れに、心に穴があいたように、空しさを感じること、時には怒りに心を震わせ、あるいは、悲しみに打ちひしがれ、人を恨んだり、この世をはかなんだりすることさえもあります。

 そのような一人一人の人生を、いや、人間だけでなく、生きとし生けるいのちを、愛おしむ思いで見てくださっているのが、阿弥陀如来という仏さまでした。

 親鸞聖人は、『正像末和讃』の一首に、「南無阿弥陀仏」の名号は、「無明長夜の灯炬」であるとお示しです。だから、「智眼くらしとかなしむな」と、苦しみや悲しみを抱えて、先が見えない時も、嘆くことはない。いつでも、闇を照らす光となって、あなたを温かく包み、導いてくださるのです、とおっしゃいます。

 このアルバムを聴いていると、そんな阿弥陀さまの温もりを感じます。


 無明長夜の灯炬なり(113号より)

親鸞聖人は、『正像末和讃』に、

  智慧の念仏うることは
  法蔵願力のなせるなり
  信心の智慧なかりせば
  いかでか涅槃をさとらまし

とうたわれています。阿弥陀さまは、法蔵という名の修行者であったとき、「すべての人々を漏らすことなく悟りの世界、浄土に迎えとりたい」と誓われ、自らの悟りの智慧の徳を、「南無阿弥陀仏」の名号ひとつにおさめ、その名号を私たちに与えて、自らの願いを信ぜしめ、念仏せしめてくださるから、私たちは必ず悟りの浄土へ生まれゆくのである、といわれるのです。それゆえ続く和讃には、

  無明長夜の灯炬なり
  智眼くらしとかなしむな
  生死大海の船筏なり
  罪障おもしとなげかざれ

と、たとえ解決の糸口さえ見えない、長いトンネルに入ったかのような大きな悩みを抱えることになったとしても、「誰も私の悩みをわかってくれない」と、ひとりで嘆いたり、悲しんだりすることはない、とおっしゃるのです。

 最近、なぜか子どもの頃に聞いた「空がこんなに青いとは」という歌が、私の頭をよぎります。調べてみると、作詞は、たくさんの素敵な歌を作られている岩谷時子さんの手によるものでした。

  知らなかったよ
  空がこんなに青いとは
  手をつないで歩いて行って
  みんなであおいだ空
  ほんとに青い空
  
  空は教えてくれた
  大きい心を持つように
  友だちの手をはなさぬように

  知らなかったよ
  空がこんなに青いとは
  なぜかしら悲しくなって
  ひとりで見上げた空
  とっても青い空
  
  空は聞かせてくれた
  風にも負けない雲のうた
  ひとりでも もうなかないように

人生に悩みはつきものです。でも、すでに阿弥陀さまは、私たちの悩みをご存じで、「忘れないで、私がついているから大丈夫」と、呼び続けていてくださるのでした。


 心を弘誓の仏地に樹て(112号より)

親鸞聖人は、浄土真宗の根本聖典である『教行信証』の結びに、

 慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。
 深く如来の矜哀を知りて、まことに師教の恩厚を仰ぐ。
 慶喜いよいよ至り、 至孝いよいよ重し。

と、この書物を書かれたお心持ちについて述べておられます。特に「慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す」というお言葉は、ご本願に遇わせて頂いた者の生き方を示されたものとして、大切に味わわせて頂かねばならないお言葉です。

 「心」という字は「こころ」と読みますが、また「しん」とも読みます。「心」は「芯」にも通じ、「中心」という意味にもなります。そして、「たてる」ということを、「建」とか「立」でなく、「樹」という字で表されています。

 木が大地に根を張り、大地から栄養分を吸収し、たとえ大風が吹いても、土の中に張った根に支えられ、倒れることがないように、苦難多き人生を生きぬく上での芯(信心)が、阿弥陀さまの広大で力強いお誓いの大地に根を張り、しっかりと支えられていることを、「心を弘誓の仏地に樹て」と言われているのです。

 ところで、禅宗で大切にされている「寒山詩」に、「八風吹けども動ぜず」という言葉があります。その八風とは、

 「利(り)」意にかなう利益
 「誉(よ)」陰で名誉を受ける
 「称(しょう)」目の前で称賛される
 「楽(らく)」様々な心身を喜ばすこと

という人が求める四つのこと(四順)と、

 「衰(すい)」意に反する損失
 「毀(き)」陰で不名誉を受ける
 「譏(き)」目の前で中傷される
 「苦(く)」様々に心身を悩ますこと

という意に反する四つのこと(四違)を言うのだそうです。どうでしょうか。有頂天になったり、腹を立てたり、いずれも私たちの心を揺るがすもので、「八風吹けども動ぜず」とはいかないようです。

 親鸞聖人は、たとえ心を揺るがす「八風」に吹かれ、つい思い上がることや、落ち込むことがあっても、阿弥陀さまのお慈悲に支えられている人は、けっして信心を揺るがすことはなく、そのような思いを、広大なお慈悲の海に、流していけるのです、と仰せになりました。


 わかきとき仏法はたしなめ(111号より)

 『蓮如上人御一代記聞書』本(六三条)の中に、

  仏法者申され候ふ。わかきとき仏法はたしなめと総ふ。としよれば行歩もかなはず、ねぶたくもあるなり。
  ただわかきときたしなめと候ふ。

というお言葉があります。

 先日、ある方とお話をしている時、「うちの親が、『いつか時間に余裕ができたら、その時は、あちこち旅行にいきたい』」と言っていたけど、いざ行けるという時になったら、『足が不自由になった』とか、『旅行に行っても、食べられるものが少なくなり、旅行に行っても楽しみはない』と言っていた。行きたいところには、行けるときに、時間を作って、行かないといかんな」という話になりました。

 私たちは、先のことを考えるについても、今の状態が続くつもりで、自分がどんどん年を取って、体そのものの自由がきかなくなることを、考えの中に入れようとは思わないものです。そして「いつかそのうち」と先送りしてしまいます。

 さて、学生時代によく歌ったロシア民謡に「赤いサラファン」があります。

  赤いサラファン ぬうてみても
  たのしいあの日は 帰えりゃせぬ
  
  たとえ若い娘じゃとて
  何でその日がながかろう
  
  燃えるような そのほほも
  今にごらん いろあせる
  その時きっと 思いあたる
  
  笑ろたりしないで母さんの
  言っとく言葉をよくおきき
 
  とは言えサラファン ぬうていると
  お前といっしょに若がえる

という歌詞(訳詞)です。学生時代には、何気なく歌っていたのですが、私も還暦が近くなったからでしょうか。ふと、この歌が頭をよぎるようになりました。古今東西、年老いた母親が若い娘にする話は、変わることがないのでしょうか。

 「笑ろたりしないで母さんの、言っとく言葉をよくおきき」という歌詞は、先日の報恩講で、ご講師の深野先生が、「今、聞いておくことですね」といわれていたことと重なります。

 私の過去・現在・未来を見通し、放ってはおけないと、願い立たれた阿弥陀さまのお言葉、そして九十年の生涯を生き抜かれた親鸞聖人ならではのお言葉を、聞けるうちに聞いておきたいものです。「仏法には、明日ということあるまじく候」という言葉もありますから。


 真実信心をまもるなり(110号より)

無碍光仏のひかりには  無数の阿弥陀ましまして
化仏おのおのことごとく  真実信心をまもるなり


 「一年の計は元旦にあり」といいますが、皆さまは、来年はどんな一年にしたいか、または、どんな一年になってほしいと願っておられるでしょうか。まずは、「どうか無事に一年を過ごすことができるように」と願われる方は多いのではないかと思います。

 しかし、すでにお釈迦さまがお示しのとおり、この世は「娑婆(あらゆることに堪え忍ばねばならない世界)」であり、また親鸞聖人も「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」と仰せのとおり、どんな思いがけないことが起きても少しもおかしくはないと、覚悟しておかなければなりません。

 まして、この身そのものが、老・病・死という苦を抱えた存在であるならば、その苦を受けとめて生きていける道を求めることを、何よりも優先しなければならないというべきでしょう。しかし、私たち凡夫は、そうした確かな道を見極めていく智慧を持ち合わせてはいないのです。その凡夫を目当ての教えこそが、念仏の教えでした。

 無碍光とは、阿弥陀如来さまのお徳を讃えた十二光の一つですが、ことに親鸞聖人は「帰命尽十方無碍光如来」という十字の名号を大切にされていますので、無碍光仏とは、万人を障りなく救う阿弥陀さまのことなのです。その無碍光仏の光に、無数の阿弥陀さまがおられるとは、おもしろい表現です。これは次に「化仏」とあるように、私たちにふさわしい、様々な姿をもって現れてくださる阿弥陀さま、ということを表しています。

 阿弥陀さまは、どのような苦難に出遇おうとも、あらゆる手だてをもって、真実の世界へ迎え取ろうと、私たちの信心を守ってくださるのです。


 信心の智慧なかりせば(109号より)

 仏教では悟りのことを「涅槃」という言葉であらわします。これは「ニルヴァーナ」という言葉を、漢字に置き換えたもので、「滅度」と翻訳されるように、「煩悩の炎を吹き消し、安らぎの境地に到る」ということを意味しています。

 お釈迦さまは、私たちの苦しみの原因は、自己への執われによって引き起こされる、貪欲(むさぼり)とか瞋恚(いかり)などの煩悩である、ということを明らかにされました。ですから、自己への執われを離れ、涅槃に到る、真実の智慧の眼を開くことが大切である、と説かれたのです。

 しかし一方で、親鸞聖人は『一念多念文意』に、

  「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと、水火二河のたとへにあらはれたり。

とあるように、私たち凡夫は、いのち終わるまで煩悩から離れることはできないといわれているのです。だとすれば、たとえこの世のいのちを終えても、また苦しみの生を繰り返すよりほかにはない、ということになります。一面に挙げた和讃に「信心の智慧なかりせば、いかでか涅槃をさとらまし」といわれているのは、そういうことをあらわしていました。

 しかし、阿弥陀如来の本願名号を、はからいなく受け入れる人は、「智慧の念仏」「信心の智慧」を頂き、その智慧に育てられ、導かれていくので、この世のいのちを終える時には、その阿弥陀如来の智慧によって煩悩が転じられ、悟りの仏にならせて頂けるのです。

 それは「智慧の念仏うることは、法蔵願力のなせるなり」とあるように、法蔵菩薩が、すでに煩悩具足の凡夫を、浄土に往生せしめ、仏にならしめようと願われ、自らの悟りの智慧のすべてを、名号ひとつにおさめて、私たちに与えてくださるからでした。

 「今日もまた、連れてゆくぞの声聞かば、道知らぬ身も、迷いやはする」と歌われた方がありました。たとえ愚かな凡夫でも、確かな智慧の眼を開かれた阿弥陀さまのとご一緒の人生は、煩悩を滅した涅槃に到るべき人生なのです。

※一面に挙げた和讃(正像末和讃)
   智慧の念佛うることは  法蔵願力のなせるなり
   信心の智慧なかりせば いかでか涅槃をさとるべし


 来迎たのむことなし(108号より)

親鸞聖人は、お弟子に宛てられた手紙の中で、

  真実信心の行人は、摂取不捨のゆゑに正定聚の位に住す。このゆゑに臨終まつことなし、来迎たのむことなし。
  信心の定まるとき往生また定まるなり。来迎の儀則をまたず。

といわれています。
 親鸞聖人の頃までは、浄土の教えといえば、臨終の時、仏さまのお迎えがあって、浄土に往生させてもらう、という考え方が一般的でした。ですから、臨終の良し悪しが、往生できるかどうかの大問題だと考えられていたのです。それに対して、親鸞聖人はこのお手紙に、「来迎の儀則をまたず」とあるように、臨終の行儀を調える必要もなく、臨終の良し悪しを問題にすることもない、といわれたのです。

 はじめに「真実信心の行人」とありますが、まず「行人」とは「南無阿弥陀仏」と、お念仏を称える人のことです。これは阿弥陀さまによって選定され、この六字に、往生成仏すべき功徳がこめられた、「大行」とよばれる行なのです。よく、浄土真宗には「行」はない、と勘違いされる方がありますが、「行」のない仏教はありません。浄土真宗には、阿弥陀さまから与えられた、「お念仏する」という「大いなる、すばらしい行」がある、ということを心得ておきたいものです。

 さらに、ここで「真実信心の行人」といわれているのは、わが口で称える「南無阿弥陀仏」を、「必ずたすけるぞ、我にまかせよ」という「阿弥陀さまの喚び声」であると、わが耳に聞き、「必ず浄土に往生させ、仏の悟りを開かせる成仏させるから、安心して自らの人生を生き抜いてくれ」と、阿弥陀さまが私に告げてくださっているのだ、と聞き受けている人のことでした。

 「真実信心の行人」は、阿弥陀さまの救い光の中に包まれている人であり、その救いから、けっして漏れることはなく、この世のいのちを終える時には、浄土に往生して、仏の悟りを得ることが、すでに決定しています。ですから「正定聚(仏になることに決定した仲間)」といわれたのです。この人は、阿弥陀さまと共に、苦難多き人生を、浄土に向かって、力強く生きていくことができるのです。


 愚癡にかえりて(107号より)

最近、全国放送になり、放送時間もゴールデンタイムになった、「ぶっちゃけ寺」という番組をご覧になっている方もおられることと思います。爆笑問題という漫才グループが司会をして、仏教各宗派のお坊さんに、いわゆる「ぶっちゃけトーク」で本音を語ってもらおう、という番組です。他宗派のお寺のことや、お坊さんのことは、お坊さんである私も、あまりよく知らないので、時間のある時は、興味深く見ています。

 ある放送日、お坊さんたちはどんな修行をしているのだろうか、という話題になったときのことです。各宗派のお坊さんたちの、笑いをまじえながらの割と真面目なトークが続いていましたが、浄土真宗のお坊さんに順番が回り、「浄土真宗には修行がありませんから」という答えで、なんとなくその場に、冷めた空気が流れました。こういう話題になると、浄土真宗は分が悪い、というのが正直なところです。

 でも、けっして「浄土真宗には修行がない」わけではありません。他の宗派(いわゆる聖道門と呼ばれる宗派)とは、修行のあり方、その意味が異なるのです。 親鸞聖人が、法然聖人の法語を集められた『西方指南鈔』というお書物の中に、「浄土宗の大意」という法語があります。(「浄土宗」とは「往生浄土宗」という意味で、ここでは「浄土真宗」のことを指しています。)そこには、

  聖道門の修行は、智慧をきわめて生死をはなれ、浄土門の修行は、愚痴にかへりて、極楽にむまると云々。

といわれています。聖道門の修行とは、修行するにふさわしい環境の整った場所で、自分自身の心を鍛え、調えていくものです。それに対して、浄土門の修行とは、煩悩うずまく世界に身を置き、仏さまの教えを聞きながら、教えのとおりには生きられない、愚かな凡夫であることを知らされる生き方のことなのです。

 この世は、老いや病いだけではなく、人間関係や、子育てに悩んだりなど、悩みの尽きない「娑婆」(あらゆることに堪え忍ばなければ生きていけない世界)であると見定めて、阿弥陀仏の救いを受けいれ、本当の安らぎの世界(極楽浄土)に生まれることを目指すほかはないと思い取り、しかもこの娑婆を力強く生きていくことを説くのが浄土の教えなのです。


 
 籠(かご)を水につけよ(106号より)

『蓮如上人御一代記聞書』本(八八条)の中に、

 人のこころえのとほり申されけるに、 わがこころはただ籠に水を入れ候ふやうに、仏法の御座敷にてはありがたく もたふとくも存じ候ふが、やがてもとの心中になされ候ふと、申され候ふところに、前々住上人(蓮如)仰せられ候ふ。その籠を水につけよ、わが身を ば法にひてておくべきよし仰せられふよしに候ふ。万事信なきによりてわろきなり。善知識のわろきと仰せらるるは、信のなきことをくせごとと仰せられ候ふことに候ふ。

というお言葉があります。
 ご門徒の皆さま方から、「お聴聞をしていても、耳に残るどころか、右の耳から左の耳へ、すうっと抜けていくばかりで、ちっとも身につかない。ありがたい話を聞いたと思っていても、本堂から出た頃には、もうすっかり忘れてしまっている」ということを聞くことがあります。しかし、心配することはありません。蓮如上人の時代でも、やはり同じようなことが言われていたようですから……。

 ある時、ご門弟の方が、「私の心はまるで、隙間だらけの籠(かご)に水を入れるようなもので、仏法を聞いている場所では、ありがたいとか、尊いと思うのですが、水から上げた籠はすぐに水が抜けて空っぽになってしまうように、お聴聞していても、すぐに心は元に戻ってしまいます」と自分の心得を、正直に蓮如上人に申し上げました。すると、蓮如上人はこのようにおっしゃいました。「ならば、その籠を水につけよ」と。「わが身を法(おみのり)にひたしておけばいいのだ」と。

 何かを覚えて、賢くなるためにお聴聞するのではないのです。覚えることが救いなら、忘れた瞬間に救いから漏れてしまいます。阿弥陀さまは、縁に触れたら、何をしでかすかわからない私をこそ放っておけないと「南無阿弥陀仏」の声になって、いつも私をよび続けてくださいます。信心とは、私が阿弥陀さまをつかんで離さない、ということではなく、私を離さない仏さまに、手放しして、ほれぼれとおまかせすることでした。

 悪いのは、阿弥陀さまを横に置き、自分の考えばかりを頼りに生きようとすることです。日頃からお聴聞を重ね、縁に触れてお念仏を申し、仏さまのお慈悲につつまれた生活をすべきことを、「その籠を水につけよ」とおっしゃったのです。


 よろこび まもり たまふなり(105号より)

南無阿弥陀仏をとなふれば
 十方無量の諸仏は
 百重千重囲繞して
 よろこびまもりたまふなり

 元旦のお参り(元旦会)には、「正信偈」のお勤めの後に、「現世利益和讃」十五首を一緒に唱えます。最後の一首が、表紙に掲載した和讃です。苦悩多き人生を、「南無阿弥陀仏」と称えさせ、心豊かに生きさせよう、というのが阿弥陀さまの願いでした。そのお念仏の声は、「必ず助けるぞ、我にまかせよ」との阿弥陀さまのお喚び声でもあり、また「必ずたすかると、仏さまにおまかせいたします」と応えていく、阿弥陀さまのお慈悲に包まれ
た安心と、感謝の言葉でもありました。

 多くの人は「どうか病気も事故も、周囲の人たちとのトラブルもなく、無事平穏な毎日を過ごせますように」と願います。しかし、どんなに祈っても、願っても、思うようにならないのが現実の世の中のようです。ですから、一番のご利益は、たとえどんな問題が起ころうとも、その問題を乗り越えていく力を与えることであると、「いのちの親」である阿弥陀さまはお考えになったのです。

 お念仏申すことは、阿弥陀さまの願いにかなうことであり、その願いがおこされた智慧と慈悲にかなっていくことでもありました。そんな私たちを、十方の諸仏が、幾重にも取り囲んで、私たちを守り、導いてくださいます。 すると、今まで見えなかったことが見えるようになり、私を取り囲む世界も変わり、考え方も、生き方も変わってきます。教えに出遇った人の姿を見ていると、つくづくそのように思います。それが仏さまのお育てなのです。

 十月十八日(土)十九日(日)の二日間、親鸞聖人七五〇回大遠忌法要が勤まりました。これを機に一人でも多くのご門徒をはじめ、有縁の方々と共に、「この度の人生は仏さまに出遇い、導かれる人生であった」と、感謝のうちに生き抜かせて頂きたいと思います。

 仏さまの救いは 今 ここに(104号より)

 親鸞聖人は、主著の『教行信証』に、「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり」と言われています。

 私たちは、この世のいのちを終えるまで、自分の目の前におこる状況次第で、ある時は欲望を追い求めて、足りることを知らず、またある時は、怒りの心にうちふるえ、自分を見失って人を傷つけ、しまいには大切な人を失って、ひとり寂しい思いをする、ということをくり返してしまいます。阿弥陀如来さまのお救いの眼は、まさにそのような私たち一人一人に向けられているのです。

 阿弥陀如来さまの救いは、けっして死んだ後にのみあるのではありません。お釈迦さまによって説かれた『大無量寿経』の教えは、阿弥陀如来さまの救いが、今ここに届いて、私の信心となり、称名念仏となって、私を浄土へ迎えとり、仏とするべくはたらいているのですよ、とお示しです。

 その阿弥陀如来さまの救いを、はからいなく受け入れるとき、たとえ欲の心や怒りの心は捨てられなくても、そのままの私が、阿弥陀如来さまによって導かれ、他の人の仕合わせを願いながら生きる、という人格に育て上げられていく、ということを親鸞聖人は明らかにしてくださったのです。たまに、そのような尊い生き方をしている人に出会うことがあります。

 先日、たまたまJR大阪駅北口で路上ライブをされていた「かど じゅん」さんという方の歌を聴く機会がありました。そこで求めたアルバムの中に「人間浄水器」という歌がありました。その歌の歌詞を少しだけ紹介します。

  僕たち自家製浄水器
  汚れた水をきれいにする
  そのために生まれて来たらしい
  汚れた水をちょっとずつ
  無色透明にしていく
  これが僕の人生の課題みたいです

  (中略)

  無色透明できれいな
  まじりっけのない水なんて 一度の
  人生じゃ作れそうにないのですが
  人生は一度しかないから
  困ったもんだねと今日も動くのです

 私も彼女のように、尊い「人生の課題」を見つけたい、と思いました。


 煩悩具足の聖者(103号より)

 去る五月七日、私にとって長年お育てを頂いた師であり、坊守とのご縁の仲人も勤めてくださった、行信教校名誉校長、本願寺派勧学、梯實圓(かけはし・じつえん)先生が行年八十八歳をもって往生の素懐を遂げられました。 浄光寺にも、私の結婚式、仏教文化講座、住職継職法要と、三度のご縁を頂きましたので、憶えていてくださる方も多いことと思います。

 思い返せば、大学時代、行信教校への入学を決意した夏の日、たまたま仏教青年会の早朝奉仕作業で、本願寺鹿児島別院に来ていて、その後、お参りしたお晨朝の法話に出講されていた梯先生から聞かせていただいたご法話によって、私は進むべき方向を決めたのでした。そして、行信教校入学以来、梯先生には、本当に長年にわたって、多くのお育てを頂きました。先生との思い出は語り尽くすことができません。お別れするのは悲しく辛いことですが、これまでのお育てに心から御礼を申したいと思います。

ところで、梯先生は晩年にこんなことをよくおっしゃっていました。
 私もいつか死ぬ時が来るから、今のうちにお願いしておきます。「あいつ死におったか」ぐらいは言うてもいいけど、「かわいそうに」だけは言わんといてください。お浄土に生まれさせていただいて、仏さんにならしてもらうんやから。
 それと、生きている間に言うたら嘘になるけど、今度、お浄土に参らせてもろうたら、その時は堂々と言わせてもらいます。「あなたの苦労は私が背負うから、あなたは精一杯生きてくださいね」と。(と言いながら、生きている間におっしゃったのですが……。)

 いつも、穏やかな笑みをたたえて私たちに接してくださる先生でしたが、ずっとお世話をさせていただく中、一度だけ、本当にお辛そうで、声をかけるのもはばかられるような時がありました。心配そうに様子をうかがっていると、声を絞り出すようにして「娑婆やね」と、一言だけおっしゃったのです。娑婆を生きる者にとって、苦悩は避けられません。しかし、仏さまの智慧と慈悲に導かれる者には、その苦悩を乗り越える道が開かれる。梯先生は、まさにそのことを自らの生き方の中に示してくださった、煩悩具足の聖者でありました。


 仏法に「明日」はない(102号より)

 『蓮如上人御一代記聞書』末(一五五条)に、

 仏法には世間のひまを闕きてきくべし。 世間の隙をあけて法をきくべきやうに 思ふこと、あさましきことなり。
 仏法 には明日といふことはあるまじきよし の仰せに候ふ。
 「たとひ大千世界に  みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名 をきくひとは ながく不退にかなふな り」
 と、『和讃』にあそばされ候ふ。

というお言葉があります。

 「世間のひまを闕きて」とは、「時間を作って」という意味で、「世間の隙をあけて」とは、「時間的な余裕ができたら」という意味です。私たちは、せっかくご法座が開かれても、「まだまだ寺参りをするような年令ではないから」とか、「仕事に追われていて時間的な余裕がないから」と、仏法聴聞をついつい後回しにしてしまいがちです。

 そんな私たちに、蓮如上人は「仏法は時間を作ってでも聞かせてもらわなければならない。時間的余裕ができたら聞けばよいと思うことは情けないことだ」とおっしゃっています。それは、仏法には「明日」ということがないからであると。

 そんなことを言うけれど、「明日がある」と思うから「今」をがんばって生きることができるし、これからの予定を立てたり、また約束をしたりもできるじゃないか、「明日がない」ということになれば、それはただの絶望ではないか、という声が聞こえてきそうです。

 三年前に起こった東日本大震災で、大切な家族と別れねばならなかった人の多くが、「これが最後になるとわかっていたなら、もっと話したいことはたくさんあったのに。もっと優しい言葉をかけておいたらよかったのに……」と悔やんだそうです。

 明日のことは誰にもわからないと、頭の中では理解しているつもりでも、ついそのことをおろそかにし、本当に大切なことを後回しにしてしまうのは、けっして東日本大震災で被災された方々だけではありません。蓮如上人がつねづね「後生の一大事」とおっしゃっているように、まさに「わが身の問題」なのです。

 あらゆるものが移り変わっていく世間の中にあっては、何をさしおいてでも、「変わることのない確かな命の拠り所」を聞かせていただかねばなりません。それは、世界中が大火の中にあっても、まず聞かせていただかねばならない一大事なのだと、仏さまはお示しです。 


 三日間の報恩講(101号より)


 浄光寺では毎年、三日間の報恩講をお勤めしています。正確にいうと、初逮夜から始まって満日中までの「二昼夜」の法要ということになります。

 報恩講の満日中に拝読する『御俗姓』には、「毎年の例時として、一七ケ日のあひだ、かたのごとく報恩謝徳のために無二の勤行をいたすところなり」とあります。ご本山の御正忌報恩講は、一月九日から十六日まで勤められていますから、その日数は八日間のようですが、『御俗姓』のとおり「一七ヶ日」ということになるのです。

 現在では、昔のようなお勤めをすることはまずありませんが、年回法要などの厳格なお勤めの仕方は、一昼夜で六回の法要を行うものだったのです。一昼夜で六回の法要というのは、一昼夜を、 @逮夜[日没(にちもつ)]、A初夜、B中夜、C後夜、D晨朝(じんじょう)、E日中という「六時」に分けて六度の法要を行うことで、その始まりを「夜に逮(およ)ぶ」という意味で逮夜(=日没時)というのです。

 時間で言うと、逮夜〔日没〕法要(午後四時)、 初夜法要(午後八時)、中夜法要(午前〇時)、後夜法要(午前四時)、 晨朝法要(午前八時)、日中法要(午前十二時、正午)です。一般的には、その時間を法要終了の時間として、そこから逆算して法要を始めている、ということになるでしょうか。

 というわけで、浄光寺では、初逮夜から始まって、初夜(後夜を含む)、晨朝、日中、大逮夜、初夜(後夜を含む)、晨朝、満日中という二昼夜、八座の法要をお勤めしているのです。 「なぜ、報恩講にはそんなに何度もお勤めするのですか?」と尋ねられることがありますが、それは「大切な御開山親鸞聖人のご法事だから」ということを覚えておきたいですね。